【2437】第二章 「狂気に似ている」 |
「あれ、星夜ちゃん、ken君は?」
yukihiroが訊いたのは、エプロンにバンダナ姿の「主婦」然としたkenでは無く、代わりに星夜が長い髪をなびかせて猛ダッシュで現れたからだ。 「はぁっ、っと、kenちゃんはっ、今準備中でっ・・・」 (実はもうあたし達が椅子に座るだけなんだけどね) 心の中で呟いて、星夜は呼吸を整え始めた。星夜が落ち着くのをyukihiroは待つ事にした。 yukihiroはこの街の大聖堂の神官長の息子だ。 tetsuや星夜と同じ十六歳ながら、頭脳明晰で複雑な神術も難なくこなし、時には自ら祭壇にたって神事を執り行なう事もある。 だが、そのほっそりとした体格からも伺えるように体が弱く運動は大の苦手で、それが玉に傷と言えよう。 yukihiroの母はもう他界していて、父子家庭で育ってきた。が、父も忙しい上彼自身料理が得意ではない為、殆どkenの家で食事をするようになっていた。 星夜の両親は健在だが、日課の事もあるし、何よりkenが「飯作るんはなぁ、三人分も四人分も似たよーなもんなんや!!」と豪語した為に一緒に食べるようになっていたのだった。 少し経って、星夜がようやく落ち着いた頃。 伸ばしている髪を抑える為に撒いていた大判のヘアバンドを付け直しながらyukihiroが言った。 「もう大丈夫?俺お腹空いてるんだけど」 「え!?ああ、うん!ごめんねっ!!」 すたすた歩き始めたyukihiroを追って、星夜はkenの待つ居間へと向かった。 「あ、tetsu君おはよー」 丁度二人が食卓についた時、tetsuが部屋から出て来たのを見てyukihiroが声を掛けた。 「お前はほんっと、寝起き悪いなぁ」 エプロンを外しながらkenがからかう。 「ほんとだよ。あたしが居なきゃ一日中寝てるんじゃないの?」 (ああもうっ!なんで余計な事言っちゃうのかしらっ!!) 椅子に座りながらつい憎まれ口を叩いてしまい、星夜は心の中で嘆いた。 が、いつもなら言い返してくるはずのtetsuが、今日は何も言ってこなかった。それどころか、kenや、yukihiroにさえも言葉を返さないのだ。 「tetsu・・・?どうかしたの?気分でも悪い!?」 様子のおかしいtetsuに、星夜は気が気ではない。 横からkenが「お前が殴った所為やないの?」とぼそっと言った事にも気付かなかった。 「tetsu・・・・どうしたのよ!!」 肩を揺すられ、ようやくtetsuが真っ直ぐに星夜を見た。その黒い瞳がなんだか穴のように虚ろで、星夜は背筋が凍った。 (・・・・・・tetsuじゃないみたい・・・・・) そんな言葉が星夜の脳裏をよぎった、その刹那。 tetsuが呟いた。 「満月の日・・・」 「え?」 「なんやて?」 「tetsu君?」 その後も三人は何度か訊き返してみたが、tetsuはそれきり口を開こうとはしなかった。 「くすくす・・・・」 暗い広間に、妖艶な、ほんの少し憂いを含んだ笑い声が響く。 広間の中心、無数の蝋燭の灯りと床に描いた緻密で美麗な魔方陣の薄紫の輝きに彩られ、彼が笑っていた。 「そう・・・満月の夜、君は俺の元へ来る」 肩より少し長い艶やかな黒髪を、指で弄んでは掻き揚げる。 そんな単調な動作を飽きもせずに繰り返して、彼は歌うように朗々と言葉を紡ぐ。 「満月が見下ろす場所は全て俺の領地・・・・出来ない事は何も無い。 満月さえ出ていれば、俺の魔力は無限だ。絶えず湧き出る泉のように」 そして、そっと自分の体を抱きしめて、うっとりと呟く。夢見るような瞳で。 「ああ・・・早く逢いたいな・・・・」 緋色の瞳は、目の前にある物など何一つ映してはいなかった。 ただ、もう少しで手に入るモノへの憧憬に、きらきらと宝石のように輝いていた。 「――――」 ふと、何か思いついたように顔を上げ、彼は口の中で呪文を唱えた。 次の瞬間、小柄な身体は広間から掻き消えた。 「ねぇ、ここから出してあげようか?」 言葉が壁に反響して、狭い通路を駆け巡る。 彼は城の地下へと転移していた。 そこには無数の牢があった。この城の本当の持ち主が、捕らえた旅人を閉じ込めるのに使っていた。 もっとも、その女が死んだのは遥かな昔の事だから、鉄格子は錆び、扉さえ開けられなくなった牢もあった。閉じ込められたままでその生を終えた者も・・・・・。 「ねぇ、出たいでしょう?」 彼は、比較的綺麗な格子の嵌った牢の前に立っていた。 そこには、少し前に迷い込んで来たのを言葉巧みに騙して閉じ込めた二人の少女が居た。 彼女達は、整った顔を恐怖に歪めて震えている。しかし、彼の美しさに目を離せずにいた。 そう、彼は美しかった。 緋の眼――妖魔でなければ、人形かなにかとしか思えない程。感嘆と同時に、凄まじい恐怖を感じずにはいられない程。 自分を見つめる二対の畏怖に満ちた視線の中で、彼の形の良い紅い唇が、開く。 悪魔のような、残酷な笑みを湛えて。 「本当は出たいんでしょ?俺の事、手伝ってくれるね?」 少女達は、その笑みに魅せられたかのように虚ろに頷いた。 誰も 俺に逆らえない 俺にとって 他人の命程 無価値な物は無い だから 消すのは簡単 それを 皆知っている 誰も 俺に逆らえない けど この優越感の底に在る 拭えない 消せない 名前を知らない感情は何? あなたなら 教えてくれるのかしら ああ 満月の日まで もう少し・・・・・・ |
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2404 序章 「月光」 2001/12/21(Fri)05:27 風城空牙 (size:1911) |
2423 早速のご感想大・感・謝・・・v 2001/12/21(Fri)18:56 風城空牙 (size:907) |
2429 きゃぁ!!(^▽^) 2001/12/22(Sat)04:38 まいちん☆ (size:769) |
2432 第一章 「日常と呼び声」 2001/12/22(Sat)08:51 風城空牙 (size:4217) |
2433 ・・・・なんか長い(爆) 2001/12/22(Sat)09:03 風城空牙 (size:993) |
2437 第二章 「狂気に似ている」 2001/12/22(Sat)15:58 風城空牙 (size:4368) |
2438 第三章 「月、満ちる時」 2001/12/22(Sat)16:07 風城空牙 (size:4719) |
2458 第四章 「邂逅」 2001/12/23(Sun)11:45 風城空牙 (size:4516) |
2459 ・・・・・どうしよ(自爆) 2001/12/23(Sun)12:09 風城空牙 (size:1064) |
2472 幕間「今絡まる運命の螺旋」 2001/12/24(Mon)18:58 風城空牙 (size:5966) |
2497 第五章 「動き出す―――」 2001/12/30(Sun)12:47 風城空牙 (size:4078) |
2498 第六章 「血色の薔薇」 2001/12/30(Sun)17:46 風城空牙 (size:3106) |
2507 明けまして↓ 2002/1/1(Tue)16:29 風城空牙 (size:1592) |
2514 第七章 「月が沈み日が昇る」 2002/1/2(Wed)10:42 風城空牙 (size:4789) |
2518 第八章 「求める理由」 2002/1/3(Thu)11:39 風城空牙 (size:5582) |
2519 第九章 「抑え切れない力」 2002/1/4(Fri)09:34 風城空牙 (size:4120) |
2547 わーい \(^〇^)/ 2002/1/8(Tue)19:12 風城空牙 (size:862) |
2554 第十章 「眠れる森の――」 2002/1/9(Wed)18:51 風城空牙 (size:5635) |
2559 第十一章 「その感情の名前」 2002/1/10(Thu)18:28 風城空牙 (size:2948) |
2560 続・ねぇねぇ。 2002/1/10(Thu)18:43 風城空牙 (size:828) |
2566 第十二章 「覚醒を待つ心」 2002/1/13(Sun)08:12 風城空牙 (size:2444) |
2568 幕間 「笑顔」 2002/1/13(Sun)08:21 風城空牙 (size:2405) |
2582 第十三章 「戸惑う想い」 2002/1/16(Wed)18:44 風城空牙 (size:2935) |
2595 第十四章 「正反対の気持ち」 2002/1/20(Sun)11:17 風城空牙 (size:3375) |
2612 遅くってごめんなさい(汗) 2002/1/27(Sun)12:45 風城空牙 (size:839) |
2613 幕間 「祈りに似た言葉」 2002/1/27(Sun)12:47 風城空牙 (size:1081) |
2614 第十五章 「迷いを捨てた胸に在るモノ」 2002/1/27(Sun)12:53 風城空牙 (size:3185) |
2626 第十七章 「サヨナラと約束」 2002/2/19(Tue)20:58 風城空牙 (size:2752) |