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2657 第1話 苛立ち 2002/10/17(Thu)18:35- 雪斐。 - 5304 hit(s) |
「いい加減にしろよ!!ここ最近毎日毎日!!」
(うるせぇ・・・こいつ。)
毎日のように問題を起こしていつもの交番に連れていかれている。
「・・・今日は何人殴った?」
白髪交じりの警官が面倒くさそうに尋ねて来た。
「覚えてねぇよ・・・」
「3人です。」
安っぽい椅子に座っていた俺は声のした方を振り向いた。
(生真面目そうな顔立ち・・・新米か。)
紺色の制服が何処か真新しかった。
そいつは俺と目が合った時、何故か微笑みかけた。
(・・・変なヤツ。捕まってる奴に微笑むなよ。)
「へぇ・・・今日は少ない方だな。」
「知るか。」
白髪交じりの警官が嫌みたっぷりに俺に微笑みかける。新米の奴とは比べ物にならない程、胸の中に汚いモノが流れ込んでくるような感じがした。
でも、ここでこいつを殴ったってどうにもならない事ぐらい分かってる。
・・・そこまで俺はバカじゃない。
「じゃぁ。今日はこのへんで返してあげましょ?」
「そうだな。こいつの家族には連絡してある・・・もうすぐ来るだろ。」
また白髪交じりの警官が面倒くさそうに交番の外に目をやった。
こんな陰気臭いところに来るのが好きなワケじゃない・・・
知らねぇ奴らが俺を異物を見るような目で見ていた。
その視線がうざかった・・・
あいつらが悪い・・・俺は正常だ。お前らが狂ってる。
確かに髪は金色だし、ピアスは何個でも。目つきは悪い。頬に入れた刺青が黒く威圧する。
だから何だよ。死人のような瞳で他人を貶す奴らより何の問題もない・・・
この警官もそうだ。この視線が俺に纏わりついて、張り詰めた糸が一瞬にして切れそうだ。
早く・・・ここから出してくれ・・・
そのとき、目の前の警官が奥の部屋へ入って行った。何か見たい番組でも始まったのだろう。奥の部屋から無数の話し声が聞こえてきた。
その警官が居なくなると、あの新米警官がすぐに俺の前に座った。
「俺、tetsuって言うんや。よろしくな。」
「・・・警官が名前言っていいのかよ。明日襲われるんじゃねーの。」
そのtetsuと言った警官はただ穏やかに俺を見ていた。
そいつの瞳は怖いほど澄み切って、優しかった。
他の奴とは違う、俺をまともな人間だとわかってくれる奴だと直感した。
「あんた・・・」
「tetsuや。」
「tetsu・・・。何で人数・・・」
俺は率直に聞いた。あの腐った警官が人数を聞いたとき、こいつは平然と3人と言った。
「俺がやった奴は5人。」
「蹴った奴入れたらな。」
そう言うとtetsuは意地悪そうに微笑んだ。
「あの人、殴った人数しか聞かへんかったやろ?俺はウソついてないで♪」
俺はただ目を丸くした。
「そりゃ・・・そうやけど・・・」
「やろ??」
「tetsuはあのオヤジが嫌いなん?」
俺はいつの間にか、この人の雰囲気に呑まれていた。
「別に。」
彼はあまりにもあっさりと答えてしまった。
「じゃあ、何で俺みたいなのかばうんだよ。」
「何となくや。何となくコイツ信用出来るんちゃうかな〜と思って♪」
tetsuが嬉しそうに微笑んだとき、交番のドアが静かに開いた。
「こんばんは。hydeの姉です。」
白い肌に淡い栗色の髪がよく似合う美しい人。
「あぁ。こんばんは。」
tetsuが俺のときと同じように微笑みながらゆっくり立ち上がって挨拶した。
「毎日、毎日、すいません・・・」
「いや。そんなこと無いですよ。でもあんま問題起こさんように。」
「はい。すいませんでした。」
姉が深深と頭を下げている。
「そいじゃぁ、hyde。また来てな♪」
「・・・絶対こねぇ。」
俺は何故か気持ちと反対の言葉を言ってしまったことに後悔した。
それでもtetsuは微笑んで俺の肩を優しく叩いた。
「気ぃつけて帰って下さいね。まぁ、こいつがいれば安全でしょう。」
「うっせぇんだよ。」
tetsuが意地悪そうに姉に微笑みかけた。
「じゃぁな。hyde。」
「・・・」
俺は無言でtetsuに背を向けると家へ向かった。
「待って!!」
「あ・・・ごめん。」
姉が後ろから走ってきたので、hydeは思わず謝った。
気付かぬうちに早足になっていた自分に少し戸惑いながら
「いいよ。大丈夫だった?」
「あぁ。あそこの警官むかつくけどな・・・」
唯一、姉に心を開いていたhydeは眉を顰めながら答えた。
「あの若い人?それともいつもの?」
「両方。」
「ふ〜ん。」
姉はそう言いながら優しく微笑んだ。
静かな住宅街を歩くとまた誰かに異常な目で見られているような気がしてそっと上を向いた。
月は何処にもない。星なんて一生見ないだろう・・・
もう何年かしたら人間は土の下が唯一生き延びる場所だと、うさんくさい奴が自慢気に話していた。外国では完全に地下に潜ってしまった国もあるらしい・・・
でも俺は死人みたいに地下で縮こまって暮らすくらいなら、この体が蒸発するまで地上にいる。俺は逃げたりなんかしない・・・
2663 第2話 確信 2002/10/18(Fri)21:38- 雪斐。 - 5687 hit(s) |
「ただいま〜。」
今日は初めて交番で働いた日だったから早く帰してくれた。
「どう言うことよ?!!」
閉まった自動ドアの後に、バタバタと大きな足音を立てて妹が走ってきた。
「ただいま、claudia。」
俺はいつも通りに微笑んで靴を脱ごうとしたが、claudiaはそれを許さず俺の肩を掴んだ。
「答えてよ!!何で名前がないのよ!!」
彼女はそう言うと白い紙を俺の目の前に突き出して睨みつけた。
俺たちはいつもこんな兄妹じゃない。
喧嘩なんてほとんどしたことはないし、お互いよく理解しあっていた。
「おかんは知ってる?」
「言ってない・・・お願いだから答えてよ・・・はぐらかさないで。」
肩を掴んだclaudiaの腕がすっと離れた。
「これでいいんや。」
俺は妹の肩を叩くとそっと重い体を引きずって階段を上った。
部屋に戻った時、玄関から弾くような音がしたと思うと駆けていく足音が少しずつ小さくなっていった。
「これでよかったんや・・・」
俺は暗い部屋で小さくしゃがみ込んだ。
見上げた窓から見える空は闇に包まれている・・・星も月もない。
本当にそうだろうか。
もしこの空全てが誰かの作り物だったら
もしこの空の上にまた空があったら
星も月もある夜空があったら
こんな時、自分の正義感が憎くてたまらなくなる・・・
もうすぐ両親が帰ってくるだろう・・・そして俺に聞く。
「ねぇ、tetsu?claudiaは何処に行ったの?」
「おい。tetsu!!これはどう言うことなんだ!!」
俺は何て答えていいのか分からない。
ずっと考えてみたけど・・・
本当のことしか分からない。
本当のことしか知りたくない。
もう後には引けない・・・
「ねぇhyde?どうするの?」
夕飯を食べて部屋へ戻ろうとすると姉は思い出したように部屋から顔を覗かせた。
「どうするって。」
「地下移住の話。本当に地上に残るの?」
姉は大らかな人だから、そこらへんで小さなことに愚痴をこぼしている奴らとは比べものにならないほど徳がある。
今もいつものように何気なく言っているが、他の家ではどうやっているかなんて想像もつかない。
「あぁ。そうするつもり・・・けどお前は地下に行けよ。」
「そっか・・・また捕まらないように気をつけてね。」
姉は意地悪そうな笑みを浮かべた。
姉はあまり体が丈夫とは言えなかった。生まれつき血に異常があるらしい・・・
けれど今の生活では何の問題もないから普通に暮らしている。
2666 第3話 異質 2002/10/21(Mon)23:01- 雪斐。 - 5338 hit(s) |
あれから3年経って街には誰も居なくなった。
けれどhydeは1人で街をぶらついていた。
この世界を1人締めした初めての日。
俺を縛る奴も、軽蔑する奴も誰もいない。
何処か清々しい気分と空虚な優越感が頭の奥を麻痺させるように広がっていった。
別にどうしたい、何てなかった。
行きたい場所もなかった。
ただ1人だけの世界を全て見てみたかっただけかもしれない。
しかしそんな淡い冒険心も一瞬で絶望へと変える生き物がいる。
「おい。動くな。」
hydeは小さく舌打ちすると、言われた通りに足を止めた。
「警察がまだ残ってたなんてな・・・」
吐き捨てるように呟くと、確かに1人の人間が自分の方へ歩み寄る足音が聞こえた。
ところが突然、hydeは背後から来た人間に腕を掴まれ無理やり路地裏へと押し込まれた。
しかしhydeは無意識に強く掴まれた腕を振り払い、振り返る勢いに任せて相手の胸倉を掴んだとき思わず目をはっと見開いた。
「あんたは・・・」
いつか見た警官が苦い顔をして口に人差し指を当てている。
そしてその指がさっきまでhydeがのんびり歩いていた街角を指したので、hydeが視線を向けると、音もなく灰色の機械が赤い光を撒き散らしながら通り過ぎていくのが見えた。
「あいつは頭の悪いほうだ。動くものは感知するけど、音はそれほど敏感じゃない。」
呆気に取られたhydeがまだ目の奥に残っている赤い残像を消し去ろうと小さく俯くと、落ち着いた小声が囁いた。
「どう言うことだ。」
「・・・ここは危険や。こっち・・・」
彼は路地の出口を確認するようにキョロキョロと見渡すと、hydeの質問には答えず、言葉少なめについてくるように促すと足音もたてずに歩き出したので、hydeは仕方なしに追いかけるような形で男の後ろをついていった。
幾つかの路地裏を通り抜け、一つの小さなビルの中へと俺たちは潜り込んだ。
その間にもさっき見た灰色の機械や人間の形をしたロボットの目を盗んでは走ったり止まったりした。
(どうなってるんだ!!)
hydeは自分1人だけが訳の分からない状況に置かれているようで、焦りと苛立ちが区別もつかなくなるほど混乱していた。
けれど久しぶりに会った警官はhydeの何か言いた気な表情を見ては口に人差し指を当てた。
姉以外の人間に指図を受けることはhydeにとって屈辱でしかなかったのだが、少なくとも自分よりは警官の方がこの世界をよく知っていることは嫌でも分かっていたのでhydeは仕方なしに口を噤んだまま何も言わなかった。
ようやく入ったビルの中でも話し掛けることは許されなかった。
このビルは最近まで人が使った、そんな気配は全くなかった。
薄汚れた床に埃が舞い、蜘蛛が巣を張り巡らし、塵が喉へ入り込んで息苦しい・・・
2つの階段を駆け下り、長い廊下を渡り、右へと曲がると最初の部屋に入った。
部屋の中は病院のように無機質で、見たこともないような機械がずっしり居座っていた。
これだけの機械があると狭く感じるが、この部屋は以外と大きいモノだった。
さっきまで通ってきたビルの内装とは違い、塵一つない。
部屋の中央には人、数人がどうにか寝転べる範囲に椅子が3つ、大きめな丸い机が一つだけ置いてあった。
そして驚いたことに奥にはまだ部屋が続いているようだった。
hydeが呆気に取られて部屋を見渡していると、男が大きな溜息をついた。
「もう喋ってええで。」
「・・・どうなってるんだ?今までこんなこと・・・」
随分気を張っていたためだろうか。
男はかなり疲れた様子で少し屈んで傍にあった椅子に腰掛けると、ポケットから小さな四角い機械のようなモノを取り出して再び溜息をついた。
「どうしてまだこんなとこに残っていたんだ。」
初めて男が厳しい顔をした。
2667 第4話 地下都市 2002/10/29(Tue)22:32- 雪斐。 - 6087 hit(s) |
「あんたに関係ないだろ・・・俺の意思だ。」
hydeはふいと顔を逸らすと壁に寄り掛かりながらしゃがみ込んだ。
今気がついた事だが、これらの機械は全く音も熱も出していなかった。
止まっているわけではないのだろうが。
「お前全然変わってへんな〜hyde。」
そう言うとにこーっと笑って男がhydeの顔を覗き込んだ。
hydeは正直この笑顔が苦手だった。
この笑顔を見るとひねくれた自分が凄く嫌になるからだ。
「名前まで覚えてたのかよ・・・」
「そうやな〜あれからお前1回もこんかったもんな〜。
でも俺は一度会った奴のことは忘れへんのや。凄いやろ。」
「あ〜凄い、凄い。」
hydeは自慢気に微笑む男をからかうようにして手をパチパチと叩いてやった。
けれど男は不思議そうに自分を見つめる。
「何だよ。」
「そう言えばさぁ・・・お前俺の名前覚えてないやろ。」
「は?」
「やっぱり覚えてなかったか・・・なぁ〜んか寂しいなぁ。」
hydeが間の抜けた声を出すと男は口を尖らせて横を向いた。
「何も言ってねぇだろっ!!」
「じゃあ、言ってみろ。」
「・・・tetsuだろうが・・・」
「あったりぃ〜!!凄い、凄い。よく覚えてたなぁ〜。嬉しいわ。」
tetsuは嬉しそうに微笑むとさっと右手をhydeに差し出した。
「何だよ。」
「再会したんやから〜。握手♪」
「嫌。」
hydeが冷めた目でtetsuを見上げると再びそっぽを向いた。
「何やとぉ?ええやんかぁ〜減るもんやないし。」
tetsuはそう言うと強引にポケットに入っていたhydeの手を掴んで握手(?)をした。
「何で男と・・・」
何処を見るでもなくtetsuから顔を背けていたが、強引に手を握られたことで不機嫌そうにtetsuを睨みつけると、一瞬tetsuの表情が強張っていたように見えた。
「・・・ん?何?」
不審そうに睨みつけるhydeの視線を感じ取ったのか、tetsuはさっきまでの笑顔に戻っていた。
「何か俺の手見て考えてなかったか?」
「は?俺は手相占い師か。気のせいや。」
「意味わかんね〜・・・ところでココ何処?」
ははっと笑うとhydeは再び周りを見渡した。
相変わらず静かで圧迫感のある機械だらけの部屋だ。
「を〜?初めて笑ったな。ココはね・・・秘密基地。」
何処かふざけたような言い方だったが表情は真剣だった。
「もうすぐこの世界は酸素が無くなるからな。酸素作る機械とかね。」
hydeは呆然とした。
酸素が無くなる?
そんな大気中にある酸素がそんな簡単になくなるモノなのか?
だってさっきまで普通に外を歩いていたじゃないか。
「何?知らなかったの?・・・良かったねぇ。ここに来れて。」
今度はtetsuがははっと笑った。
「どう言うことなんだよ。酸素ってそんな簡単になくなるもんじゃないだろ?さっきまで普通に歩いてただろっ!!」
hydeが声を荒げると、tetsuがさっき出会ったときのように顔をしかめて口に人差し指を当てた。
「もぉ・・・静かに喋ってや。ここだって安全やないんやから。」
それからtetsuは淡々と言葉を並べた。
ここは人間の手で作られた世界だと。
空も土も水も風も光も。
酸素なんて簡単に抜けるらしい。
「何だよそれ。」
「この世界は完全な人口的世界なんだよ。全部作り物。」
tetsuは小さく溜息をつくと、がたっと椅子から離れ近くにあった機械をいじり始めた。
「じゃあココは何処なんだ?」
「地下都市。」
tetsuが複雑そうな顔をして俺を見た。
2669 第5話 過ち 2002/10/29(Tue)22:36- 雪斐。 - 5592 hit(s) |
「そんな・・・皆知ってたのか?」
「いや。ごく僅かな方々と俺だけ。」
hydeが恐る恐る尋ねるとtetsuは機械に顔を向けたまま、ぶっきらぼうに答えた。
「あんた・・・誰なんだよ。何知ってるんだよ。」
hydeがゆっくり立ち上がると、tetsuも機械から手を放し僅かに振り返った。
「・・・今ここから出てもさっきのロボットたちに捕まるだけやで。捕まらなくても酸素がなくなるから窒息死やな。」
tetsuは完全にhydeの方へ向き直ると、機械に寄りかかるような格好をしてhydeを眺めた。
「俺はただの何でもない男や。ただ偶然皆が知らんようなことを知ってしまっただけで。そんなお前が危険視するような奴やない。」
そう言って少し俯いたtetsuの姿は何処か寂し気だった。
「・・・これからどうするんだ?」
2人してしばらく黙り込んだ後、tetsuがふいに尋ねてきた。
「・・・どうするって言ったって。外出たら捕まるんだろ?・・・って何で捕まるんだよ?」
「お前・・・政府が何回もしつこく言ってたやん!
国民は全て地下移住してくれって。だからココに残ってるの見つかったら即地下に連れてかれるんや。しかも今日の0時からの記憶は全て消される。まぁそれだけや。
で。それでもロボットの目を盗んでココに居つづける奴は密に酸素を抜いて皆殺しって訳や。」
tetsuはまたhydeに背を向けると別の機械のところへ行っていじり始めた。
「・・・でも何でそんなに地下に行かせたいわけ?ココに残ったって別に・・・」
hydeは何となくさっきtetsuが座っていた椅子に腰掛けると不満そうに呟いた。
「地上から伝わる冷気がどんどん地下まで届くようになってきたんや。
やからマグマに近いとこまでいかなあかんくなったんや。マグマはかなりの熱を持ってるから、もう人工的にで熱を作らなくていいし。エネルギーの節約や。
でも政府が公表した理由は紫外線からの保護やけどな。適当なこと抜かしやがって。」
「でも地上って・・・そんなに寒いのか?」
「まあな。太陽が地上に届かんくなってるもん。完全な氷河期や。
でも俺らにとって大事なのは、この世界の何処かに地上に繋がる出口があるってことや。」
「出口?」
「そりゃそーや。人間は元々地上に住んでた生き物やもんな・・・だから地上から地下への道が残ってるはずなんや。その道が地上に繋がってる。それを探し出されたくなかったんやろなぁ〜。」
「それより何で俺たちは知らぬ間に地下で生きてたんだろうなぁ・・・地下に行きたくねぇって言ってた俺が馬鹿みてぇじゃねーか。」
hydeは溜息交じりにそう呟くと、無機質な机に片腕を乗せるとだるそうにうつ伏せになった。
「ははっ。だからお前ココに残ってたんか?
でもなぁ人間の記憶ほどあやふやなものってないで。
簡単に消したり書き込んだり出来る。
だから政府は都合の悪い記憶を全部消して、自分達の都合のいい記憶を1人ずつ書き込んだんだ。
自分達の過ちを全て消しやがったんだよ。」
hydeはゆっくり顔を上げると髪をかきあげながら、意味わかんねぇよ、とまた溜息をつく。
「過ち?」
「187年前、核を使ったんだ。世界的な核戦争。」
「・・・まじかよ。」
「もう地上には資源も食料も足りなくて、人間ばかりが留まることなく増えていた為に戦争が起こったんだ。でもその戦争は結構長引いて・・・更に食物が不足してこのままじゃ人類全てが滅亡するって言う直前まで来ててどうしようもなくなって核使ったんや。核の威力は凄いからな。」
hydeはもう現実味のない、おとぎ話を聞いている感覚だった。
そう・・・まるで遠く昔の神話でも聞いているかのよう。
「でもそれは数人のお偉いさんで決められた。
自分の国だけ助かればいい。他の国に構ってる時間なんてもう何処にもなかった。
だから自分達の国を除く全ての地域に核を落とした。
これが人類滅亡を防いだ一番いい方法やと想ってんろな。
国民に何も話さず。何処にも漏らさずに一瞬で消し去ったんだ。
でも神はそんな愚かな人間を見逃さない。地獄に舞っていた死の灰を自分だけ助かればいいなんて思ってる人間たちに降り注いでやったんだ。
だけど彼らは神の怒りを素早く悟り、逃げ込むようにして地下へと潜った。
これで全部や。奴らの罪は・・・」
tetsuは一通り喋り終えると、悲しそうに微笑んだ
「人間って何でいつも繰り返すんやろうな。取り返しのつかない過ちを。」
hydeはそんなtetsuに何も言わず、ただ眺めると目を伏せた。
何も言えなかった。
それだけの惨劇を今まで全く知らなかったことが何となく虚しかった。
核を落とした数人の考えも分からなくはない。
けれど・・・それで何人の人が消えてしまったんだろう・・・
一瞬で・・・
1時間後に・・・
1日後に・・・
想像もつかない。
随分昔、まだ自分が幼かった頃何かで見た“ヒロシマ・ナガサキ”の絵が浮かんだ。
白黒なのに真っ赤な写真。
触れるだけで痛みが走る少女の絵。
それが一瞬に世界中で起こった。
何て恐ろしい悪夢。
悪夢なんかじゃない・・・さっきtetsuが言った“地獄”だ。
真っ赤で息苦しくて、痛くて逃げ場がない地獄が世界中で・・・
「・・・そして俺たちは政府が隠したがっていた出口を探し出したんや。」
2670 第6話 混乱 2002/11/2(Sat)23:03- 雪斐。 - 5625 hit(s) |
「・・・そして俺たちは政府が隠したがっていた出口を探し出したんや。」
tetsuのいきなりの発言にhydeはどうにか視線だけをtetsuに向けられた。
声も出なければ表情も変わらなかった。
それほど驚いたのだ。
「ちょ、ちょっと待て。」
頭がグラグラと音を立ててかき回されているようだ。
冷静に考えようとしても答えが出る直前で再び揺すられるような感覚。
「混乱して当然よ・・・」
透き通る風のように優しい声がhydeの声を遮った。
hydeが重い頭をどうにか上げると、少女が一人立っていた。
いつからそこにいたのかテツのすぐ傍にある機械に寄りかかるようにしてhydeを見下ろしながら。
hydeと余り年が変わらない顔立ちはまだ幼さが残るが、その憂いを含んだ表情は酷く美しく見える。
腰まである長い亜麻色の髪は波のようにゆるく揺れて、絹のように柔らかく輝き、その髪が包む腕や顔は驚くほど白く、雪を想わせた。
しかし淡い色彩の中で目だけは闇のように黒く、hydeを静かに憐れんでいた。
「tetsu・・・気持ちは分かるけど、何も知らない人間に混乱するほど情報を与えることは危険な行為よ。」
「・・・けど時間がないんや。ちゃんと理解してもらわなhydeの命が危なくなるかもしれん。」
2人は声の調子を変えることもなく、淡々と話し合っていた。
しかしhydeはこの会話が明らかに自分のことを話しているのであり、その内容は決して穏やかなものではないことを感じていた。
・・・俺は何処にいるんだ・・・俺は・・・
俺は・・・どうなるんだ――――!
「hyde・・・大丈夫か?」
嫌悪と不安に駆られ嫌な汗が背を伝った時、tetsuが俺の肩を掴んで覗き込んだ。
「・・・」
一瞬tetsuと目が合ったがすぐに目を逸らした。
しかし視線を落ち着ける場所がどこにもなかったので仕方なく俯いた。
そんな俺にtetsuはさっきまで少女と話していたように、まるで感情を無くしたかのように俺に話しかけた。
「hyde・・・ここまで話してなんやけど・・・今なら引き返せる。まだ・・間に合う・・・
もしお前がこれ以上面倒なことに巻き込まれたくなかったらここを出てロボットに捕まらんと地下に繋がる道まで送ってやるから。
・・・けど俺たちと・・・本当の現実を見る気があるなら協力してくれへんか?それは危険と死を覚悟した上で・・・」
息が出来なかった。
頭が再び混乱し始め、目の前がゆっくり歪み始めるのが分かった。
「tetsu・・・いい加減にしたら?」
少女が溜息交じりに呟いたのが聞こえた。
「お前は黙ってて。・・・hyde、どうするんや?」
「・・・少し・・・考えさせてくれ。」
「当然ね。」
「claudia、お前は黙ってろ言うたやろ。・・・hyde、奥の部屋にベッドがあるから寝ててええで。ゆっくり考え。」
tetsuは背後の少女に背を向けたままそう言うと、hydeを機械の向こう側にあるドアを指差しながら優しく微笑んだ。
hydeは黙ったまま、示されたドアへ廃人のようにふらつきながら向かうとそのままパタン、とドアの閉まる音がした。
「・・・優しい顔して残酷ね。・・・少しはhydeの事も考えたら。
あれだけ普通に住んでいた世界が崩れ落ちる感覚、貴方には分からないでしょ?」
claudiaが閉まったドアを悲しげに見つめながら零すように言った。
「俺だって・・・」
「tetsuは違う。自分で気付いたんだもの・・・だけど私たちは教えられたのよ。突然真実を突きつけられたの・・・みんながみんな自分と同じだなんて思わないで。
・・・仲間にしたいならもっと気遣うべきよ。」
claudiaは吐き捨てるようにそう言うとテツの横を通り過ぎた。
「claudia・・・何処に行くんや。」
「kenちゃんのとこ。」
claudiaは脇に抱えていた厚手の黒いコートを着込むと振り向きざまに微笑んだ。
しかしtetsuはclaudiaと目も合わせることなく背を向けるとスタスタと近くにあった大きな機械へと歩み寄った。
「・・・お前にはこれも必要やろ。」
tetsuは機械の背にかけてあった精密そうな灰色のマスクをclaudiaに投げやった。
「やっぱり優しいね、お兄ちゃん。でもseiyaにはもっと優しくしてあげてよ。」
「大きなお世話や。」
claudiaとtetsuが哀しげに微笑むと、重いドアが勢いよく開き、強い風がごおっと音を立てて吹き込んだと思った瞬間既にclaudiaの姿はなかった。
「・・・空気を抜き始めたか・・・」
重い機械たちに囲まれながら、一人になったtetsuは傍にあった椅子を引き寄せて座り込むと、ぐったりした表情で低い天井を見上げた。
「・・・時間がない。」